有理子を助手席に乗せて川口に向かう途中、緩やかなカーブに差し掛かったときの出来事。
運転中でも全身ビクッと震え上がるほどのけたたましい衝突音に瞬間ルームミラーに目をやると、鏡の中で衝突車両はまだ空中に浮かんでいる状態だった。正面衝突事故だ!私が直前にすれ違った車が、緩やかなカーブを曲がらず直進し、私の2台後方の車に正面衝突したのだった。
すぐに車を路肩に停車して現場まで走った。既に事故車両の直後を走行していた車のドライバーが警察に電話していたので、衝突されて大破状態となっている車からドライバーの救出を試みたが、ドアは歪んでいて力づくでは開かない! 車外からドライバーに「大丈夫ですか?」と声を掛けるが返答なし。表情を歪めて苦しんでいる様子から、意識はあることは判った。また、頭部などからの出血は認められない…なんとかしたかったのだが、ドアが開かなければ何もできない…ひとます救急車待ちだ。次に、何をどうするべきか!?…大破状態の車に集まってくる数名の人、携帯電話を片手にパニック状態で「ごめんなさい、ごめんなさい」と電話の相手に何度も謝っている年配の女性、この女性が衝突した側のドライバーらしい。「おい、謝る相手が違うだろ」などと思ったが、同時に、衝突した側のその女性にも大きなケガの無いことが確認できた。
今の俺に何ができるのか!?…自分に問いかけながら、周囲に目を向けると、事故現場の両方向に既に数十台に膨らみつつある渋滞…二次事故を防がねば!と思い立ち、私に呼応してくれた男性一人と協力して交互通行の誘導を始めた。
10分ほど経過しただろうか、救急車とパトカーのサイレンが近付いてきた。
この段階になって初めて、自分が衝突されなくて幸いだったという思いが湧き上がってきた。現場に差し掛かるまでの道中、もしも車のスピードを少しでも弱めていたなら…間違いなく私が当事者だったであろう。そう考えると、不思議と命拾いした気分になった。
警官に交通誘導をバトンタッチして、自分の車のほうに歩いて戻る途中、有理子が見知らぬ人と笑顔で立ち話しているのに気づく。ただの野次馬だ。同じ場面に遭遇しても、まるで別のことを感じ、まったく別の行動をとる。人とは不思議なものだ。これが価値観の違いか⁉
車に戻ると、有理子が不用心にもドアロックもせずに野次馬に専念していたことに気が付き少し呆れたが、「命拾い」に免じて許してしまった。 [記事:笠井]